血で咲く花…2巻

2.
“クラウス~! クラウス~!!”
日陰を作ろうと、木の上に登って布を引っ張っていたクラウスは、自分を呼ぶ声を聞いて、下を見た。
そこには、空色のワンピースを着たセニアが手を振っていた。
彼女の銀髪と真っ白な肌が日差しを浴びて、輝いていた。

“セニアー! 何やってるんだよ!! 日差しを浴びると肌が荒れるだろう? 早く中へ入って!!”
“でも、今日は私の誕生日だもの! 好きにしてもいいじゃない!”
“だから、セニア! 俺が今、日陰を作ってるじゃないか! セニアが外に出られるようにさ。”
”中へ入って待っててよ! あのさ……、輝くセニアは好きだけど……、今はだめだよ! さあ、いい子だから中に入って!!”
“クラウス……私の姿を見たくないのね? そうなの?”

クラウスはセニアの言葉に慌ててしまった。意地悪、気まぐれの可愛いセニア!
クラウスは、セニアが他の女の子と同じく、太陽の下で花も摘んだり、天気のいい日にはピクニックも行けたらと、いつも思っていた。
しかし、彼女は生れ付き真っ白な肌と白に近い銀髪の持ち主だった。彼女の淡い肌は、怒ったり嬉しい時は淡いピンク色に染まったりした。
見る分には美しい彼女の肌は、日差しにはとても弱かった。
日差しへの免疫が全く無い、彼女にとって最も危険なものは、彼女の白い肌や銀髪を美しく移す太陽の日差しだった。

日差しをちょっとでも浴びたら、彼女の真っ白な肌は火傷をしてしまった。そんな彼女にとって、太陽の下を歩くピクニックは夢の様な話だった。
それでも誕生日だけは、外の明るい景色が見れる様にと日陰を作っていたが、セニアは彼の努力をからかうかの様に木の下を走り回り、
クラウスを心配させているのだ。

“お願いだよ、セニア!! お願いだ!! 布を掛けた棒は揺らさないでね!! ウァーッ! 駄目だよ!! セニア!! 俺に怪我して欲しいの?”
クラウスはセニアに向かって叫んだけれど、セニアは聞く耳を持たなかった。そして、日陰なんてこれっぽっちも無い、庭園を飛び回り始めた。

セニアは楽しいかも知れないけど、見ているクラウスは心配で気が狂いそうだった。彼女は、ほんの少し日差しを浴びただけでも、ひどい火傷をするかも知れない。
クラウスは慌てて木から降り始めた。木から降りていたクラウスに、心配していた事が起こるのが見えた。強い日差しに目がやられて、目を瞑ったまま転がってしまうセニアの姿。
クラウスは木から飛び降り、彼のシャツを脱いで、庭園の真ん中で転がっているセニアに向かって懸命に走った。
そして、自分のシャツを彼女の頭からすっぽり被らせると、大急ぎで彼女を家の中に運んだ。
彼女は目が沁みるのか、目を瞑ったままクラウスにしがみ付いていた。
苦しそうにしている彼女を見ると、クラウスは、せっかくの誕生日だし、もう少し彼女の言う事をちゃんと聞いてれば……と後悔した。
自分のセニアへの思いが足りないから、こんな目になったんだと……

“セニア。もう大丈夫だよ。目を開けてごらん。”
クラウスがセニアの耳元で囁くと、セニアは少しずつ目を開けてはニッコリと笑った。
痛かっただろう……。まだ涙が乾いてない彼女のオッドアイは揺らいでいた。痛みを我慢している……。クラウスには、わかっていた。
日差しにやられた彼女の瞳に、しばらくは何もかもがぼやけて映る事を。
クラウスはセニアをそっと抱き上げ、ベッドに下ろした。そして、ベッドの横にしゃがんで、彼女の両手を握って言った。
“セニア。折角の誕生日を駄目にしてしまって、本当にごめんよ……、代わりと言っては何だけど、俺が何でも一つ言う事を聞いてあげるから言ってごらん?”

“…………”
“どうした? 何でもいいんだよ?”
“……別にクラウスのせいでは無いけど……”
“けど?”
“そんなに言うなら特別に、私がお願いをしてあげる!”
いつもの様なセニアの明るい声。
クラウスは、彼女が元気を出してくれた事が何よりも嬉しかった。クラウスはセニアの小指に自分の小指を絡ませた。
“じゃあ、お願い事を言って! 何でもいいよ。”
セニアはしばらく、明るい窓の向こうを見つめてからは、ゆっくりと話した。
“クラウス、私は女神様の涙で咲いたバラが欲しい。”
“うん? 雨に濡れたバラの事?”
クラウスは簡単だと思いながら、約束の指切りをした。セニアはクラウスに、自分の要求を話し続けた。
“期限は 3年よ。クラウス、 3年まで、雨の日に咲いた血の様に真赤なバラを頂戴! それがお願い事よ。わかった?”
“うん! わかった!  3年後までに渡せばいいんだね? 絶対、持って来るから!”

そして、 2年が過ぎたある日、クラウスはセニアに 5回目の駄目出しをされていた。

“ぷはははははは!”

クラウスの話を聞いたバイロンは、爆笑した。
少し笑いが収まったかと思いきや、クラウスの顔を見たら、また笑い始めた。
バイロンに釣られて、クラウスも笑い始めた。どれくらい笑っただろう……
そして彼らは、自分達が水溜りの中で、雨に濡れながら笑っている状況に、また笑い出した。
“はは……ははぁ……で、クラウス、 3年になる前に、その……あははは……彼女の願いは叶ったのか? ははは……”
バイロンの質問に、クラウスは突然真剣な顔になった。
“忘れていたよ。今年が 3年目だった。もう、秋だし……ヤバいね。”
“ヤバいな。”
“まぁ、それでも生きているだけマシか。このまま故郷に帰って、バラを育てようか?”
クラウスは微笑みながら、バイロンを見た。
“はは…はぁ……残念だけどさ、お前に彼女の願いを叶えてあげるのは無理だよ。”
“ヘ……バイロン?”
クラウスはお腹に異質な痛みを感じた。クラウスはバイロンを見た。どうして? バイロンが? 何故?
バイロンはクラウスのお腹に刺し込んだ剣を、もっと深く刺しながら言った。
“神の為の戦争だとしても、最後まで生き延びるた奴が勝者なんだよ。”
クラウスは喉に込み上がる血を吐いた。血を吐きながらも、バイロンを見つめるクラウスの瞳は疑問に満ちていた。
“で……でも、それは……フレイヤの聖物なのに……”
バイロンは、自分の胸から違う聖物を取り出した。綺麗に輝く黄金色のペンダント。それを見たクラウスの口からは、嘆きの音が流れた。
オーディンの聖物を持っていたのだ。
クラウスの驚いた顔を見たバイロンは、意気揚々と自分のベルトに付いてる皮の袋を開けて見せた。
その中には、血まみれになったフレイヤの聖物がギッシリと入っていた。味方の証拠だと思った、赤色のベルトも……内側は白だった。
恐らく、味方の血が、彼のベルトの外側を赤く染めただろう。

“この飾りをここに指していれば、皆、気を抜くんだよな。甘っちょろい奴ばっかりで助かるぜ。ふふ。”
クラウスは震える右手で、自分のお腹に刺さった剣を握った。そして、左手を伸ばして、バイロンの首を狙った。
しかし、相当な出血をした彼が、冷たい雨の中で動くのは、不可能だった。
彼の体温な急激に落ち始め、彼の左手は目標を失い、無意味な線を描いては、落ちてしまった。
ぼやけて行く彼の瞳に、バイロンの姿が映った。

“俺は、お前といる時に一度も女神を口にした事がなかっただろう? 考えてみな? 女なんかに感けてるから、状況が読めないんだよ!”
クラウスにはもう、バイロンの声は聞こえなかった。死ぬ前に、クラウスは知りたかった、何故バイロンが自分に敵となったのかを。
そういうクラウスの気分が伝わったかのように、バイロンはニヤッと笑いながら話した。
“裏切られたとか思ってるだろう? 違う! 俺は裏切ってなんかいない! 最初からお前らとは合わなかったんだよ! お前にわかるか?
先祖から受け継いだ土地を奪われて、虫けらの様に無視される人々の気持ちが? お前らの神を押し付ける事しか考えていないお前らに、わかるはずがないよな!
友達? お前とは一度も友達だった事は無い! 女神のケツばかり見ている馬鹿どもめが!”

バイロンは話が終わると、剣の刃の向きを上にして、クラウスに止めを刺した。
抵抗出来ずに崩れ落ちるクラウスの目に、自分の腰に掛かっているフレイヤの聖物を取って、満足気に笑うバイロンの顔が映った。
“全てはオーディンの為に!”
喜色満面のバイロンの声が雨の振る音と共に、遠くなった。

空から降り注ぐ雨は、クラウスの血を吸っては広がっていった。遠くへ消える意識の中でクラウスは、セニアを思い出した。
自分の血を吸った雨粒が、散り咲いた花びらの様に見えた。
セニアとの約束……守ら……ないと……。女神様……

今度の雨は、長いな……と呟きながらセニアは窓を眺めていた。何故か、普通の雨じゃない気がする。
窓の外は、灰色ばかり……木は雨に濡れて濃い茶色になって、空からは赤い花びらが落ちていた。
花びら? 窓の外を眺めていたセニアの瞳が泳ぎ始めた。クラウス? クラウスが来たのかな?
セニアは、すぐにドアを開き、外へ出た。
“クラウス? クラウスなの? 帰ってきたの?”
庭園のあちこちを走り回りながら、叫んでいた彼女は足元に落ちた赤い花びらを見て、空を見上げた。空からは真赤なバラの花びらが舞い落ちていた。
“………………”

彼の愛を、代わりに届けに来ました。

セニアは空に手を伸ばした。花びらは彼女の指に当ると、溶けては赤い線を描きながら、彼女の腕に流れ落ちた。
頬から、また新しい赤い線が流れ落ち、セニアの涙と一緒に彼女の胸へ、胸から足へと流れ落ちた。
空から降り注ぐ花びらは、彼女に寄せられては、渦巻きの様に彼女を覆って、彼女の上に流れ落ちた。
純白の少女は、まるで雨の中で咲いた、美しいバラの様に……真赤に染まっていった。

* この作品はフィクションです。

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