青年見聞録

第 1 章 - CURSE

1.
“…こ…殺し……て……”

見た事のない真っ黒な刃を持つ長い剣を持つ手が震えていた。半分以上も剥がれてしまった彼の鎧が、今までの戦闘の激しさを物語っていた。
血を染み出す彼の指は、それでも剣を放してはいなかった。
彼の声が、もう一度聞こえた。

“…もう…殺してくれ……僕を……”

彼は崩れ落ちるように膝をついた。剣にすがって、再び体を起こそうとする彼の険しい顔が、今彼に襲い掛かっている苦痛がどれだけのものかを物語っていた。
いつも、眩しいくらいの笑顔で俺に光を見せてくれた者。ヴァルキリーに認められ、ロードナイトになった時の彼は……消えていた。
俺は、カタールの刃を彼に向けた。

“…お…願い……殺して……くれ…………”

“本当に死にたいのか?”
俺の質問に、彼は血塗れの顔で微笑んだ。

“あぁ…死にたい…死なせてくれ……”

彼の返事とは裏腹に、彼の剣は俺の心臓を狙って来た。カタールで彼の剣を交わし、後ろに下がった。
涙目の彼、アベルは自分の剣を見た。こんなはずがない、違う! 自分のやった事じゃない! と、彼の目が訴えていた。

“ご……ごめん…ごめん……”

風から涙の味がした。俺は、アベルがこんなに泣き虫だとは知らなかった。
いや、こんなに何かを求めるアベルを見るのは初めてだった。
いつも、生と死に狭間で生きる俺だが、殺さないでくれと泣き叫ぶ者に死を与えてきた俺だが……、今回は……
死なせて、と言うアベルの願いを叶えてやる事は出来なかった。

“やめろっ!!!!”

彼の叫びと同時に、再び彼の剣が俺を狙って来た。
もう、疲れてるだろうに、アベルの体は意思統率が出来ず、剣に振り回されている様に見えた。まるで、その剣がアベルの命を吸っているかの様に……
このまま放置すれば、アベルの命が危なくなる。その剣を取り上げなければ!!
剣……?
そうか、その方法があった。
黒い刃の呪われた剣は、再び俺の心臓を狙ってきた。

グサッ!

“クッ!”

“クシャール!!”

驚くアベルの顔が見えた。
俺は、胸に刺された剣を握り、自分の方へ引っ張った。体に焼けるような痛みが走り、溢れ出すアドレナリンが感じ取れる。近くなったアベルに手を伸ばした。
まだ震えているアベルの手……。彼の手から剣は離れた。
俺の名前を叫ぶアベルが見えたが、そのうち目の前が暗くなり、アベルの声も遠くなった。
これで、いい。もう、あの怪しい剣が、死にかけた者を襲う事はできないだろう……

2.
“クシャール。”

“お呼びですか、ギルドマスター。”

暗い室内。選ばれた者以外の出入りは禁じられている部屋。
大陸の秘密の半分が隠されていると言われる所。
砂塵の中に立っているアサシンギルドの地下部屋で、クシャールは自分を呼んだ人の前に立っていた。

“先日、ヴァルキリーに会ったと聞いたが……”

“……誰でも会えるのでは、ありませんか。”

“ふっ、誰でも会える訳ではないだろう?”

“……と……仰いますと?”

“冗談だ。褒めたつもりだが、伝わらなかったかな? 君は謙遜し過ぎだ。たまには、素直になったらどうだ?”

“はい……。まさか、ヴァルハラの事をお聞きになりたくて、私をお呼びになったのですか……?”

“それは無い。君がアサシンクロスになってから、一度も任務を遂行していない、と聞いてね、久々に任務をやって貰おうと思ったのさ。”
にやにや笑いながら、のんびりと喋るアサシンギルドのギルドマスターに、クシャールは疑いの目を向けた。

“……また、どんな面倒な事をさせるおつもりなのでしょう……”

“面倒な事だと! ハハッ! 俺も相当信用が無いな! この俺が君に面倒な事をさせると思うのか? 悲しい事だ!”

“……では、どういった任務なんでしょうか?”

“チッ! 態度が悪いのは相変わらずだな。「下命ください。」だろう? クシャール……、アサシンクロスになったからって、俺に逆らう気なのかね?”
クシャールは、いつかこの男が自慢げに伸ばしている、あの長い髪を切ってやると誓いながら、視線を落とした。

“……下命ください。”

“よーし、よし! それでは任務だ。今から君に渡す物をピラミッドの中に隠して来てくれ!”

“……!?”

“凄い任務だと思わないか? きっと君じゃないと出来ない。これは、我々アサシンギルドの未来の為の重要な任務なのだ!”

“…………”

“クシャール!”
そのまま出ようとするクシャールを、ギルドマスターが呼び止めた。
“存命! と、返事をしないのか?”

“……存……命”

バタン。

“気取った男だ……”

“大丈夫ですかね?”
いつの間に、ヒュイがギルドマスターの側に立っていた。

“ハァ? 何がだ?”

“マスターは、いつもクシャールを苛めてらっしゃるから、彼の不満も溜まっているかと……”
心配そうな顔で話していたヒュイは、ギルドマスターの返事を聞いて唖然とするしかなかった。

“だって、面白いじゃないか?”

 

バターン。

“チクショー!”

ガシャーン。

“チクショー! チクショー!!”

バシッ!

“誰だ!”

部屋にある調度品を蹴りながら、怒りを発散していたクシャールは、誰かに頭を叩かれて叫んだ。
だが、叩いた人を見た瞬間……固まってしまった。

“ジ……ジーク先輩!”

“どういう事だ?”

“……すみません。”

“酒場のマスターがお前が騒ぐから、うるさくて商売にならないと苦情が来ていたぞ? 怖くて商売が出来ないと。”

“すみません。音が漏れる事までは……考えておりませんでした。”

ジークレインは、真っ青になって固まっているクシャールの肩に腕を乗せて、話を続けた。
“お前がギルドのマスターから可愛がられている事はわかっているがね……”

“……”

“だからと言って、ギルドの資産を勝手に壊しては……いけないだろう?”

ジークレインのお陰か、落ち着きを取り戻したクシャールは、自分のやった事を振り返ってみた。木の椅子が折れ、テーブルはバラバラになっていた。

“椅子とテーブルは弁償させすれば、済むと思うが……”
ジークレインは、拳を上げながら言った。

“俺に向かって怒鳴ったのは……”

“クシャール! ここに居るって……?あれ?”

助かった! クシャールは、ドアから入ってくる男を見て思った。ジークレインは、上げていた拳をそっと元の場所に戻した。
恐る恐るアベルが部屋の中に入って来ると、ジークレインはアベルの肩を軽く叩いた後、部屋から出て行った。

知る人ぞ知る、砂漠の都市モロクの地下酒場。
その隅に座っているアベルは、クシャールに直視出来ない微笑を放っていた。淡いブロンドの髪と真っ白な肌を持つ彼の微笑みは……クシャールには眩し過ぎた。

“でさ、さっき、どうしてジーク兄ちゃんが拳を上げていたの?”

“……。それより、今日は何しに来た?”

“来てもいいだろー! でさー、クシャール、僕の話聞いてる? 会話ってのは、二人でするものでしょ? これじゃ、独り言じゃないか。”

“ちゃんと聞いてるよ。返事もしているだろう? 今・日・は・何・し・に・来・た・ん・だ・?”

アベルと自分がいくら仲のいい友達と言え、彼はナイトだ。ナイトという身分として、この地下酒屋に出入りするのは問題あるだろうに……
あ……アベルは天然だから例外か……
クシャールは笑いながら、アベルの目を見た。

“やっと笑顔を見せてくれたね! 今日来たのはね。実は……、頼みがあってさ!”

“頼み?”

“うん! 行ってみたい所があるんだ!”

“旅行か? 仲間が欲しいのか?”

“うん! 一緒に来てくれる?”

期待に目を輝かせるアベルに、「ああ、問題ない。」と返事しようと思ったクシャールは、先ほどの任務の事を思い出した。

“……。任務がある。”

クシャールの返事に嫌な顔もしないアベルは、ニコニコ笑いながら話した。

“わかった! さっきの騒ぎは、任務が気に入らないからだったんだ! でしょ?”

“ああ。そうだ!”
吐く様に返事したクシャールは、酒を一気に飲み干した。

“ふふ……そうだよね。でも、その気に入らない任務のお陰で、うちら二人が出会ったじゃない。”

“………”

“ピッキの羽毛を集めているアサシンって……初めて見た時は…笑いが止まらなくて……ふふふ。”

“……やめろ。”

“そう言えば、竹筒を集めているアサシンも……珍しいよね~”

“……やめてくれ。”

“そうだ! ソヒーの着物はどうして盗んでいたの? それも、任務だったの?”

“やめろって言っただろう! そうさ! ピッキの羽毛を取る為にしゃがんでいて、お前にぶつかったのも俺だ! 竹筒を集めて、日陰で乾かしていたのも俺だ!“
“モンスターから着物盗んで、綺麗に洗ってはアイロンまでかけて、マスターに届けたのも俺だよ!! 全部認めりゃいいんだろう? ハァ…ハァ……”

一度に喋りすぎたせいで、息が荒くなっているクシャールを見て、アベルは微笑んでいた。

“ね、スッキリしたでしょう? 不満を我慢せずに言えば、楽になるものだよ。”

アベルは隣の椅子をトントンと叩き、クシャールに座ってと言った。
クシャールは天真爛漫なアベルを見て、アベルに何度も救われた事を思い出した。そう、いつも俺を落ち着かせてくれた、今みたいに……
今? 今、俺は救われた? クシャールは、周りからの変な視線を感じ取った!
今、自分はアベルのペースに乗せられ、恥ずかしい過去を暴露してしまったじゃないか! それなのに、アベルに救われたと思った……のか!
クシャールがアベルに一言を言おうとした瞬間、アベルが手を伸ばし、クシャールの頭をなでた。

“任務、頑張って! それに、クシャールが帰ってきたら、僕はロードナイトになっているはずだよ。一緒に行きたかったのに~”

“え?”

自分の頭をなでるアベルの手を振り放そうとしていたクシャールは、意外な話を聴いた瞬間、固まってしまった。どこか行きたいって、それは……

“アサシンクロスの友達と一緒に遊ぶには、ロードナイトの方が連れ合いが合うじゃん? 僕、頑張ったよ! 応援してくれないの?”

“そうか……気をつけて…行って来な……”

“やった! じゃ、今日は飲もう! マスター! 一番強いエールをください!! クシャール、今日は寝かさないよ!!”

元気よく注文するアベルは、彼の言った通り、朝まで酒を飲ませ続けた。

- 続く

*この青年見聞録に登場する、人物や地名はフィクションです。

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